2016年春の園遊会。
茶番でしたけど、、、
ミッチ―4号のお写真があがってました。
2号に似てるんですけどねー。
相異するところもあり、、。
3号が引退し、ミッチ―2号が、4号となって平成になって戻ってきたという推測もあるのですが、、、
鼻の形がねー、違うんですね。
・ミッチ―2号
・ミッチ―4号
低くなり、鼻先が垂れ下がっている。
似てるんですけどね。
身長も、2号より4号のほうが10センチほど伸びてますしね。
ミッチ―2号、ヒールを履いても明仁さんより、かなり低いですね。
ミッチ―4号、
ヒールを履いて、明仁さんと同じくらいですね。
ミッチ―3号、
ご成婚したミッチ―2号の胎児がブドウ状に奇形化し掻把した後、半年間の御静養に入りますが、長期ご静養のあと現れたミッチ―。別人でした。
ヒールを履くと明仁さんより高くなります。
さらに高いヒールを履くと、もっと差が出ます。
2号と4号と比べると、頭身が全然違います。
脚も姿勢もすらりとしています。どこか日本人ではない感じがします。
中国人、もしくは、北朝鮮の女性のように見えます。
ミッチ―1号のテンプルちゃんは知りませんが、ミッチ―2号と、ミッチー4号は日本語が下手です。3号は声紋がのこる映像が、探せないのでわかりません。
ご成婚のおりの記者会見でも、2号は上手く話せていません。
4号は、前もって提出された質問にしか答えませんし、こたえも、どこか変なことろがあります。即興で、長いセンテンスの会話ができないと思われます。
スピーチや記者会見でも、何度も遂行された原稿を記憶する能力はあるみたいですが、やはり、どこか変です。どこか、余命のかく文体に似ている気がします。
マナーや行動、言動、全て日本人、もしくは日本の国で育った方ではなさげですね。
・言葉にしないけど、日本人ならみんな知っていること、
・言葉にしないし戒律にしないけど日本人ならみんなやらないこと、
というのが、この方は理解してません。
日本人ならしないこと、を平気でしてしまうので、ばれてしまいます。
小和田の連中や、雅子にも言えることですが。
壊滅的なファッションセンスは中国・朝鮮のものでしょう。
ダサいとかいう問題をこえて、文化力がなさすぎます。
ミッチーズには共通して、事大主義で、言動、行動、人治国家に育った方が身に着ける言動や思想が見え隠れします。
おもうのですが、ミッチ―2号は「大陸夫人」富美の下で育ったとはいえ、日本の正田家で育ちましたが、ほかのミッチーズたちは、日本以外の国、おそらくは、共産国家で育ち訓練を受けた工作員ではないでしょうか。足運びなどをみても、隙がありません。
ミッチ―4号が2008年、お忍びで館林に御成りになっています。
堤義明氏の執行猶予中ですね。
2008年4月7日
天皇皇后・群馬の館林にお忍びで御成り
※お借りしています
ttp://blogs.yahoo.co.jp/cruze7351smk/54694825.html
名家・正田邸のある館林市は、美智子様ゆかりの地としても知られ、今回は近隣の町でのご公務の後、美智子様の強いご希望で非公務としてお立ち寄りになられました。
ミッチ―4号に話を戻しますが、、
足を運ぶと、部落民だった正田家のルーツに注目がいくのにもかかわらず、御成りになってます。やはり、ミッチ―4号は、ここで育ったのでしょう。あるいは、だれかを見舞ったのでしょうか。
出版社への脅迫、職員の不審死、、、
ミッチーズが組織だった工作員だとしたら、納得のいくことが多いです。
ミッチ―牧場を当初は群馬の館林につくり、のちに、大陸に人民解放軍が運営する養成所があったのでは、と、想像をたくましくしてしまいます。
ミッチーズが共通して堤康次郎の娘たちであるのは確実そうですが、では、堤康次郎、および堤家とは何だったのか、という疑問の答えが、昨今の余命の事情とミッチ―4号が連動していることから、想像できるように思いますね。
総会屋が脅迫した内容の一つが、堤家は朝鮮から来た、ということだったらしいのですが、、、、でも、単に朝鮮半島から来た、ということは、別に脅迫の材料としてはゆるいんですよね。
密航ではなくて、一族あげて工作員だったことを脅迫されてたのではないのかしら。
あくまで想像ですけど。
お清め画像
北白川肇子さま
着物も準備して、あとは発表だけという段階で海外のマスコミが「雅子決定」をリークし、勝手に婚約発表をしてしまったので、破棄されてしまいました。
久邇晃子さま
東大の医学部に入学、精神科医になったという本物の才媛。
なぜ、この方たちでなかったのか(怒)